東京地方裁判所 平成7年(ワ)20148号 判決
原告 幸保かつ子
原告 佐藤てるみ
原告 幸保美智子
三名訴訟代理人弁護士 大河内秀明
被告 幸保文司
被告 幸保賢一
両名訴訟代理人弁護士 天野等
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告幸保かつ子に対し、各自金三六七二万五〇〇〇円及びこれに対する平成四年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告佐藤てるみに対し、各自金一八三六万二五〇〇円及びこれに対する平成四年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告幸保美智子に対し、各自金一八三六万二五〇〇円及びこれに対する平成四年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、漁船に乗船していた乗組員が、投網及び揚網を行う装置であるネットホーラー付近で圧死した事故について、その相続人らが、当該漁船の船長に対しては民法七一五条二項あるいは民法七〇九条、漁船の所有者に対しては民法七一五条一項に基づき、いずれも損害賠償金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 発生日時 平成四年一〇月二八日午後七時ころ
(二) 事故現場 波崎漁港に所属する漁船で、犬吠崎から南南東約二四キロメートルの海上で操業していた第五三最乗丸(以下「本件漁船」という。)上
(三) 被害者 本件漁船の乗組員であった幸保輝一(以下「輝一」という。)
(四) 事故態様 輝一は、揚網装置であるネットホーラーと敷板あるいは甲板の間(何と何の間に挟まれたか否かは争いがある。)に挟まれ、内臓破裂により圧死した。
2 原告ら及び被告ら
(一) 本件事故当時、被告幸保文司(以下「被告文司」という。)は本件漁船の船主であった。被告幸保賢一(以下「被告賢一」という。)は、本件漁船の船長であり、被告文司に雇用されていた。
(二) 輝一は、本件事故当時、被告文司に雇用され、本件漁船の乗組員として稼働していた。
(三) 原告幸保かつ子は、本件事故当時、輝一の妻であり、原告佐藤てるみ及び幸保美智子は、いずれも輝一の子である。
二 争点
1 責任原因
(一) 原告らの主張
(1) 事故態様
揚網の作業をする際、ネットホーラーを旋回させるが、ギアのかみ合わせが悪くなって旋回中に動かなくなるときがある。本件においても、投網後、揚網のため、左舷にあったネットホーラーが右舷端まで横移動し、ネットホーラーが左旋回を開始したが、途中で停止してしまった。停止した原因は、ギアのかみ合わせが悪いことが考えられるため、輝一は、ハンマーを持ってネットホーラーの移動用のレール上に降り、ネットホーラーのギアをハンマーで叩くなどしてそのかみ合わせ具合を調節した。輝一は、上半身を甲板上に乗り出し、乗組員(氏名不詳)に声をかけてレバーを操作してネットホーラーを旋回させるように促した。ところが、その乗組員が急激な油圧がかかるレバーの操作をしたため、ネットホーラーが急旋回し、輝一はネットホーラーと甲板との間に挟まれた。
(2) 被告賢一の責任原因
<1> 氏名不詳の乗組員には、輝一が上半身を甲板上に乗り出していたのであるから、徐々に油圧がかかるレバーの操作をすべき注意義務があった。ところが、その乗組員は、これを怠り、急激な油圧がかかるレバーの操作をした過失がある。したがって、この乗組員は、民法七〇九条に基づき、輝一に生じた損害を賠償する責任がある。
そして、被告賢一は、右乗組員の使用者である被告文司に代わってその乗組員を監督する代理監督者であるから、民法七一五条二項に基づき、輝一に生じた損害を賠償する責任がある。
<2> ネットホーラーは、ギアのかみ合わせの不具合などで旋回中に停止することがあり、その際には、修理等のため、移動用のレール上に降りて修理・点検等を行う必要がある。そして、ネットホーラーは修理中急に旋回するおそれがあるから、船長である被告賢一は、修理をする者が、ギアが直ったか否かを確認するため、レバーを操作する者に対してその操作を促す際に甲板上に上半身を乗り出すことがないように、その指示をレバーを操作する者に伝える伝達者を配置する注意義務があった。ところが、被告賢一は、このような伝達者を配置しなかった過失があるから、民法七〇九条に基づき、輝一に生じた損害を賠償する責任がある。
(3) 被告文司の責任原因
被告文司は、レバーの操作をした氏名不詳の乗組員及び被告賢一を雇用していた者であるから、民法七一五条一項に基づき、輝一に生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告らの主張
(1) 事故態様
本件漁船のネットホーラーは、モーターもギアも鉄板で覆われており、外部に露出していない構造になっているから、そもそも、輝一がハンマーで叩いてギアのかみ合わせを調整することは構造上できない。したがって、ネットホーラーが旋回途中で停止し、ネットホーラーのギアをハンマーで叩くなどしてそのかみ合わせ具合を調節した輝一が、移動用のレール上に立って上半身を甲板上に乗り出し、乗組員(氏名不詳)に声をかけてレバーを操作してネットホーラーを旋回させるように促したとは考えられず、輝一が急旋回したネットホーラーと甲板との間に挟まれたことはあり得ない。
輝一は、ネットホーラーの運転を担当していたので、何らかの事情で(デセレーションバルブを整備するためか、単に不注意で落とした工具を拾うためか、あるいは、他に事情があったのかは明らかでない。)移動用のレール上に降りたが、その際、確実に停止させておかなかったため、ネットホーラーが何らかの原因で右舷側に移動してしまい、ネットホーラーと敷板との間に挟まれたものと推測される。
(2) 責任原因
事故態様は、原告らが主張する態様ではなく、また、輝一はネットホーラーの操作経験も深くそれに習熟していたのであるから、移動用レール上に降りる際には理由の如何を問わず、ネットホーラーの運転を確実に停止させておけば本件事故は絶対に発生しなかったものであり、被告賢一及び被告文司が不法行為責任を負うことはない。
2 輝一の損害額
(一) 原告らの主張
(1) 葬儀費用 一〇〇万円
(2) 逸失利益 四八五八万円
輝一は、本件事故当時五一歳であり、本件事故に遭わなければ少なくとも六七歳まで働くことができた。そして、輝一は、本件事故当時年間六〇〇万円の収入を得ていたから、生活費控除を三〇パーセントとし、新ホフマン方式により一六年間の中間利息を控除すると(係数は一一・五三六)、輝一の逸失利益は、四八四五万円(千円以下切り捨て)となる。
(3) 慰謝料 二四〇〇万円
(二) 被告らの主張
知らない、あるいは争う。
第三争点に対する判断
一 責任原因について(争点1)
1 事故態様について
(一) 前提となる事実、証拠(甲一の1ないし4、二、五の1、七、八、一〇の1ないし4、二三、二八、乙四、七の1・2、八、一一の1ないし7、一二、証人石井常雄、被告幸保文司本人)及び弁論の全趣旨によれば、まず、次の事実が認められる。
(1) 本件漁船の船尾には、投網及び揚網を行う装置であるネットホーラーが設置されている。ネットホーラーは台座の上に巻き網の本体が乗っており、この本体には三本のレバーが設置されている。ひとつは、ネットホーラーを旋回させるもの、ひとつはネットホーラーを移動させるもの、残りのひとつはネットホーラーが動かないようにするブレーキである。ネットホーラーは、移動用のレバーを操作することにより(船首方向に押すと右舷に、船尾方向へ引くと左舷に移動し、中央に止める[ニュートラル]と停止する。)、移動用のレールの上を左舷から右舷、あるいは右舷から左舷に移動する。ネットホーラーの台座の最下部には、デセレーションバルブという突起が左右に付いており、これが右舷端及び左舷端に棒状に設置されたストッパーに当たって押されると作動して油圧がかからなくなりネットホーラーが自動的に停止する。
(2) 操業中のネットホーラーの操作手順は、次のとおりである。
まず投網をする必要があり、この時ネットホーラーは左舷いっぱいの位置で停止した状態にある。この場合、作業をするために移動用レール上には、甲板と同じ高さに何枚もの板が敷かれているが、投網後は甲板員がこれを順に取り外し、揚網をするために移動用のレバーを操作し、ネットホーラーを右舷に移動させる。移動は非常にゆっくりした速度であり、左舷から右舷に達するまで四分から五分程度かかる。右舷は、船縁から二〇センチメートルほどの場所に幅二七、八センチメートルのステンレス製の板が敷かれており、その左側にはそれよりも幅の狭い木製の板が二枚敷かれている。ネットホーラーは、この板の所まで来ると、デセレーションバルブがストッパーに当たって自動的に停止する。その場合、ネットホーラーの台座と船首側の甲板との間には、人が立って入ることができる程度の隙間が存在するが、ネットホーラーの台座と板の間には、人が入り込める隙間はない。その後、移動用のレバーをニュートラルに戻し、次は旋回用のレバーを操作してネットホーラーを左回りに旋回させる。どの程度までネットホーラーを旋回させるかについては、網の流れによっても異なるが、概ね七〇度から九〇度程度まで旋回させて横に向いた状態にし、揚網に取りかかる。揚網が終了すると、ネットホーラーを元の向きに戻し、ネットホーラーより左舷側に敷かれた板を順次取り外し、移動用レバーを操作して左舷側へ移動させる。デセレーションバルブが左舷側のストッパーに当たってネットホーラーが停止したら移動用の操作レバーをニュートラルに戻し、二回目の操業に備える。
(3) 本件漁船は、平成四年一〇月二八日午後二時一五分ころ、茨城県波崎漁港を出港し、本件事故当時は最微速で航走中であった。
本件漁船には、本件事故当時、機関長として石井常雄が乗船していた。輝一も機関長として被告文司に雇用されていたが、現実には、機関長の助手として、ネットホーラーの移動や旋回の操作や、油圧機器の整備や注油を行っていた。
(4) 本件漁船では、これまでに、デセレーションバルブの作動不良からネットホーラーの横移動が不能となったことがある。その際、輝一は、移動用のレール上に降り、ハンマーでデセレーションバルブに衝撃を与えて復旧させていたことがある。
(5) 輝一は、平成四年一〇月二八日午後七時ころ、右舷端から一三一センチメートルの位置でネットホーラーの台座と敷板の間に腹部を挟まれた形態で発見され、その至近には、ハンマー一本が放置されていた。
(6) 輝一は、平成四年一〇月二八日午後七時一〇分ころ、内臓破裂による出血性ショックにより死亡した。翌二九日に作成された関谷医院の医師による死体検案書には、外因死の「手段及び状況」の項に「八〇トンのまき網漁船(第五三最乗丸)のネットホーラーと敷板の間にはさまれた」と記載されている。また、被告賢一が作成した同年一一月一二日付けの関東運輸局長宛ての乗組員死亡報告書及び船員保険職務上事故証明書には、輝一が発見された状況について、いずれも死体検案書に記載されたものと同様の記載がなされている。
(7) 銚子海上保安部は、本件事故の態様について、次のように認定した。
本件事故は、第一回操業終了後、第二回操業場所に移動中の事故であった。輝一は、揚網終了後、次の投網準備のためネットホーラーの最左舷側への移動を始め、ネットホーラーの右舷側に敷板をはめ込む作業の途中、ネットホーラーの右舷側への移動の可否をチェックしたところ、デセレーションバルブが膠着状態(押されたままの状態)であることに気がついた。そこで、その応急復旧作業のため、ネットホーラーの操作レバーを右舷側に移動する状態にし、そのまま移動用のレール上に降り、ハンマーで叩いてデセレーションバルブに衝撃を与えた。そのため、デセレーションバルブが復旧すると同時に右舷側に移動を開始し、ネットホーラーと敷板との間に腹部を挟まれた。
以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる適確な証拠はない。
(二) 事故態様に関する裁判所の判断
(1) 事故態様に関する原告らの主張を直接裏付ける証拠としては、本件漁船と同じ波崎港を母港とする漁船に、機関長として乗船してきた経歴を有する山崎護から聞きとった内容を原告ら訴訟代理人がまとめた平成一一年四月一五日付け説明聴取書(甲一三)がある。
この説明聴取書の記載内容の骨子は、次のとおりである。
山崎護は、本件訴訟記録に目を通した結果、本件事故の態様について以上のとおり考える。すなわち、ネットホーラーの移動速度は遅く、右舷端で停止しても、右舷端からは身体が挟まれないだけの十分な空間があること(ネットホーラーは敷板二枚分を残して自動停止することがこれを示している。)、デセレーションバルブを自ら叩いてネットホーラーを停止させることも可能であることから、ネットホーラーが横移動をしているときに人が挟まれるような事故はまず生じないし、山崎護も三〇年近い乗船経験において一度も経験がない。しかし、ネットホーラーの旋回中には、潮の流れや網の向きの関係でネットホーラーに異常な力がかかることがあり、モーターが焼けたり、ギアがかみ合わなくなって停止してしまうことがある。そのうち、ギアがかみ合わなくなったときは、機関長が移動用のレール上に降り、ハンマーで叩いて動くように修理をすることがある。操作レバーは手を離すとニュートラルに戻ってしまうので、ギアを叩いた機関長は、ネットホーラーが直ったか否かを確認するため、上半身を甲板の上に出してレバーを操作する作業員に直接合図をするか、その中間に居る作業員からレバーを操作する作業員に合図を伝えてもらう。輝一は、ハンマーを持って移動用のレール上に降りたようであるし、遺体の損傷状況を総合すると、輝一は、旋回中に停止したネットホーラーの修理をして上半身を甲板上に出し、レバーを操作する作業員にレバーを入れるように合図をしたところ、作業員がレバーを急に押したために左回りに急旋回をしたネットホーラーと甲板の間に挟まれたものとしか考えられない。
そこで以下、(一)で認定した事実を前提に、この説明聴取書の内容について検討する。
(2) 右のとおり、説明聴取書の内容は、本件事故態様に関する山崎護の意見の伝聞である上、その意見についてはもちろん、伝聞内容についても反対尋問による検証がなされていないから、その信用性、合理性に関しては慎重に判断する必要があることは否定できない。また、このことをさておくとしても、説明聴取書の内容には次の疑問がある。
<1> ネットホーラーの横移動時の事故とは考えられないことについて
ネットホーラーの右舷寄りの敷板がまったく敷かれていない場合には、ネットホーラーが右舷端で停止しても、身体が挟まれないだけの十分な空間があるといえるが、本件事故当時、ネットホーラーの右舷寄りには敷板がはめられていたのであるから、身体が挟まれないだけの十分な空間があるとはいえない。また、デセレーションバルブを自ら叩いてネットホーラーを停止させることは一般的には可能であるが、横移動時の事故であるとすれば、輝一が何らかの作業のため移動用レール上に降りたとしても、その際には、ネットホーラーは停止していたと考えるのが自然であるから(右舷側に動いてくるのに、そこへ降りるのは自殺行為であるし、左舷側に動いているときに右舷側へ降りたとすれば、どこかで停止することなくして右舷側の敷板との間に挟まれることはない。)、停止したネットホーラーと右舷側の敷板との距離(証人石井常雄は、船幅の中央よりやや右舷側でいったん停止したと聞いたと供述するが、誰から聞いたのか明らかでなく、あいまいではある。)や、それが右舷側へ動き出すタイミング如何によっては、ネットホーラーの速度が遅いことを考慮しても、デセレーションバルブを自ら叩く以前に甲板に上がろうとする可能性も考えられないではないし、何らかの事情でそれが遅れたり、失敗することも可能性としては考えられないではない。したがって、横移動時の事故がそれほど簡単に生じるものではないとしても、説明聴取書に記載された内容程度で横移動時の事故である可能性がないと断定することは困難であるといわざるを得ない(原告らも、平成一一年五月二七日付け準備書面を提出するまでは、本件訴訟提起から二年半以上にわたって横移動時の事故であると主張していたのであるし、銚子海上保安部の捜査において、横移動時の事故であると認定されていることも、その可能性が否定しきれないことを示唆するものといえる。)。
もっとも、証人石井常雄は、輝一は身体の前部が右舷側を、背部が左舷側を向いてネットホーラーと敷板の間に挟まれていたと証言するところ、原告らは、輝一の遺体には、脇腹や大腿部に傷が見られることから、石井証言による挟まれ方は遺体の傷と合致しないと主張し、右の説明聴取書にも、遺体の損傷状況を考慮に入れている部分が見られるから、山崎護も、この点では同じ見解であると推測される。たしかに、輝一の遺体には、右脇腹から大腿部にかけて裂傷や皮下出血らしきものが見られるが(甲一四の1・2)、体表面の他の部位にまったく損傷が見られないのか否かは不明であるし、また、内臓破裂の体内の状況の詳細も不明である。また、ネットホーラーの速度は遅いのであるから、挟まれ始めた際に抜けだそうとして身体を回転させることも考えられないのであって、右の体表面の負傷内容だけから、石井証言の内容を否定できるか疑問がないではないし、仮に、身体の前後から挟まれたことに疑問があるとしても、それだけで横移動時の事故である可能性を否定できるともいえない。
<2> ネットホーラー旋回中の事故であることについて
ネットホーラーが旋回中に停止し、機関長が移動用のレール上に降りて修理することがあることについて、被告らは、本件漁船のネットホーラーは、モーター及びギアなどが鉄板で覆われて外部に露出していない構造であり、ネットホーラーの旋回が停止したとしても、移動用のレール上に降りて、ハンマーで叩いてギアのかみ合わせを調整することはできないと主張し、それに沿う証拠(乙五、六、七)もある。原告らは、ギアはスカートのように覆われているにすぎず、すき間から修理をすることは可能であると主張し、これに沿う証拠(甲二一、二四)もあるが、いずれも説明聴取書、反論書であってこれらを裏付ける客観的証拠は十分でなく、本件漁船とはまったく異なるギアが露出している漁船の写真(甲二〇)を証拠として提出するなど(本件漁船とは異なるものであったことは、原告ら自身自認している。)、少なくとも、被告らの主張を排斥できるほどの立証はない。
仮に、移動用のレール上に降りて、ハンマーでギアのかみ合わせを直すことがあるとしても、甲板から上半身を出してレバーを操作する作業員らに合図を伝える方法が一般であるか否かも必ずしも明らかでないし(ネットホーラーは旋回し始めるから、修理した者が自分で上がってレバーを操作するのと比較して危険を伴う可能性が高い。)、まして、本件漁船において、そのような方法が取られていたか否かはまったく明らかでなく、山崎護の推測の域を出ない(推測の前提として、操作レバーは手を離すとニュートラルに戻ってしまうと説明するが、これは、少なくとも、(一)で認定した本件漁船の横移動の際の操作レバーの構造とは異なるものであり、本件漁船の旋回レバーの構造が山崎護が説明する構造であったかは疑問が残るところである。)。
そもそも、関谷医院の医師による死体検案書が作成された時期に照らせば、輝一を発見した者は、発見した際の輝一の状態について、少なくとも事故後まもなくの時点ですでにネットホーラーと敷板との間に挟まれたと説明していたものと推認できる。その後、作成された死亡報告書及び船員保険職務上事故証明書の記載内容に照らしてもこの点は一貫しており、銚子海上保安部の捜査結果や証人石井常雄の証言もこれを裏付けるものといえる。ところが、本件事故の態様が山崎護からの説明聴取書のとおりであるとすれば、輝一を発見した者ら(複数か否かは不明であるが、その可能性は高いと思われる。)は、本来、ネットホーラーと甲板の間に挟まれている輝一を発見したにもかかわらず、事故後直ちに、ネットホーラーと敷板の間に挟まれていたと虚偽の説明をしたことになる。しかし、仮に、輝一以外の者が操作をしたとして(これ自体、そのように認めるに足りる証拠はないが)、ネットホーラーと敷板との間に挟まれた場合でも、旋回と横移動との違いはあるにしても、操作レバーを操作した者の責任問題になることは同様であるから、操作レバーを操作した者をかばうために、あえてネットホーラーと敷板の間に虚偽の説明をしたとは考えにくい。その他、事故直後の短時間に、発見当時の状況について、わざわざ虚偽の説明をする動機となり得るものは考えにくく、山崎護からの説明聴取書の内容は、こうした疑問に十分応えられないものといえる。
(3) 以上のとおり、山崎護からの説明聴取書の内容は、伝聞で、かつ、反対尋問による検証を経ていないものである上、その内容自体にも、疑問を差し挟む余地が多々認められるから、直ちには採用できない。その他、本件全証拠によっても、原告ら主張の態様で本件事故が発生したと認めるには足りない。
証人石井常雄の証言内容は、ネットホーラーがどちらから動いてきたかとか、旋回や横移動の操作レバーの位置関係について、他の証拠(甲二九、三〇、乙一一の2)と必ずしも整合せず、あいまいな部分があり、全てを信用できるとは言い難い部分もないではないが、そうであるとしても、右の(2) で検討した結果によれば、本件事故は、むしろ、ネットホーラーが横移動した際に発生した事故である可能性が相当程度にあるといわざるを得ない。そして、事故の詳細については、本件全証拠によっても、輝一以外の者がレバー操作を行ったか否かなどについて、認定が困難な点が多く、仮にネットホーラーが横移動した際に発生した事故であるとしても、本件の全証拠では、銚子海上保安部の捜査結果以上に具体的な認定は困難であるといえる。
2 責任原因に対する裁判所の判断
事故態様について、原告らが主張する事実を認定できない以上、原告らが主張する責任原因についても、これを認めることはできない。
二 結論
以上によれば、その余の争点を判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がない。
(裁判官 山崎秀尚)